北海道立子ども総合医療・療育センター 整形外科
藤田裕樹
このたび2018 Iwamoto-Fujii Ambasaddorとして2018年11月12日から30日までの期間Royal Children’s Hospital Melbourneを訪問しましたのでここに報告します
【はじめに】私が所属する北海道立子ども総合医療・療育センターは2007年9月に新築移転し、その移転に際し新しくVICON MX20という3次元動作解機器を導入致しました
導入当初から積極的に本学会で発表を行ってきましたが、導入施設が至極限られるため、宮崎県立こども療育センター(柳園先生、川野先生、門内先生)と質問をし合う非常に狭い関係が続きました
しかし数年前に愛知県三河青い鳥医療療育センターの則竹先生がgait labを積極的に使用しCP児への治療に応用し始めたのが刺激となり、ぜひ最先端のgait labにいきどのような所見、どのようなカンファレンスにてsurgical decision makingに至っているのかを知りたいという思いになりました
また、平成29年10月の1カ月間、佐賀整肢学園和田晃房先生の元で股関節手術の勉強をさせていただいた際にambasaddorへの応募を強く後押しいただいたことも非常に大きかったです
渡航先としては、CP児での著書及び論文、そして現在の歩行解析界ではGillette以上の勢いをもつUniversity of MelbourneのProf. H. K. Grahamが所属するRoyal Children’s Hospital Melbourne(以下RCHM)を選択致しました
【方法】今回は、2014年初代ambassadorである大阪市立総合医療センター北野利夫先生、2015年兵庫県立こども病院小林大介先生、2016年神奈川県立こども医療センター中村直行先生、2017年宮崎県立こども療育センター門内一郎先生、諸先生方の帰朝報告に記載されているようなツテが皆無であったため、2017年12月にいきなりProf. Grahamにメールをすることから始めました
メールアドレスはwebで検索し、RCHM内にあるMurdoch Children’s Research InstituteのHPにそれをみつけ、メールをしてみました
正直なところあまりにも御高名な先生であるため返事には1ヵ月くらいかかるものだと思っていましたが、2017年12月23日(こちらからメールしたその日)に“Dear Doctor Fujita, Thank you for your email and congratulations on being selected as the Iwamoto-Fujii Ambassador for 2018.You will be welcome to visit our hospital and see our CP service and Gait Laboratory.
Best wishes for the new year and I look forward to meeting you. Kerr Graham”のメールが届いたときには嬉し涙が出そうでした
こうしてRCHMへの渡航が決まりました。RCHMの都合上訪問が11月12日から30日と決定し、渡航まで1年弱の期間があったので、訪問時の宿泊先、病院に提出する書類などの準備は比較的余裕を持って進めることができました。宿泊先は極力経費節減のためにwebでアパートを探し、なんとか病院近くで借りることができました
【Melbourne】
11月に訪問したため北海道の季節との真逆感をかなり感じました。特に帰国する際のメルボルン空港の気温は30℃、千歳空港は-8℃でした
渡航前日の11月9日に市内でテロ事件が起きたことにより、渡航への期待が一気に不安に変わってしまいました
しかしRCHM周辺は、Royal Hospitalそして何より広大な敷地を有するUniversity of Melbourneといった学術的な雰囲気を有しつつ、RCHMの真裏にはこれまた広大なRoyal Park, Princess Parkがあり不安は早々に一掃されました
建築物も企業の高層ビルが建ち並ぶなかにVictolian State Libraryといった古い建築物の融合があり非常に美しく住みやすさを感じました
【Royal Children’s Hospital Melbourne】
整形外科医は研修医を含めて15名程度、年間手術件数は2000以上と常勤医2名の当センターでは到底かなわない規模でした
DirectorはMichael B Johnsonです。欧米の小児整形外科医では珍しくないのでしょうが、彼も脊椎、股関節、腫瘍、神経筋疾患の足部変形、一般外傷などほぼ全ての分野で手術をされていました
唯一しないのは多合指趾症などの先天性上肢奇形でしょうか。Dr. Johnsonの奥方が高校の日本語教師をされているとのことで日本語を若干理解されているようでした。また外来中は日本の「おーいお茶」を飲むなど、随所に日本通の姿が垣間見えました
その他の専門として同じ脊椎班としてDr. Gary Nattrass、変形矯正班としてDr. Leo Donan, Dr. Chris Harris、股関節班としてDr. Slattery Davidなど各パーツのprofessional doctorで構成されていました
そして今回の主目的であった脳性麻痺治療部門はDr. H. K. Grahamを筆頭に、Grahamの右腕であるDr. Paulo Selber、Dr. Abhay Khotの3本柱で構成されていました
Dr. Paulo Selberはブラジルのサンパウロ出身で1990年代に米国のDr. James GageのGait Labに留学しており、3次元歩行解析に関する知識はエンジニアを思わせるほどの深いものであり、本邦との差を痛感しました
彼は私の滞在中のsupervisorであり、いろいろ相談に乗っていただき支えられました。Gageのlab留学中は愛知県三河青い鳥医療療育センターの則竹先生と一緒だったことも何かの縁を感じました
彼は2019年5月からNew YorkにあるUniversity of Columbiaのgait labのヘッドになることが決まりました。彼が自分のlabを確立しえた4-5年後にはぜひ訪問したいことを伝え、それを後輩への道に繫げたいと思っています
滞在中は事前に組まれたスケジュールに則り動いていましたが、2週目、3週目はある程度脳性麻痺を重点的にDr. Grahamの手術などを主体にflexibleに動かせていただきました
毎週水曜日は術前術後カンファレンスがあり、朝8時から正午までの4時間程度熱い議論が交わされていました
ただ土地柄なのか張り詰めた空気感はなく終始和やかに進行している印象がありました。それでも症例毎の最後を締めるのはやはりDr. JohnsonやDr. Grahamであり、非常に説得力のある言葉で周囲を納得させ空気を一変させる姿が印象的でした
ところでアフターファイブで飲みに行ったのは1度きりで、それ以外は研修医なみにRCHM関連の論文を読みあさっていました
自分の病院ではダウンロードできないGait & Postureの論文をGrahamにお願いしてPDFで大量にもらい楽しみながら読んでいました
書類等の雑務に追われることなくのんびり歩行解析関連の論文を読める幸せを感じた時間でもありました。決して普段はこのような真面目な人間ではありませんが
【Gait Lab】
世界でもトップクラスのgait labです。今回のambassadorを志願した1番の理由がここにあります
フットサルができるのではと思うほどの広いlabでありvideo cameraは10台、force plateは10枚以上とこれまた当センターとの規模の違いをみせつけられました
Labの中心はPTのPam Thomasonです。彼女はRCHMが関連する多くのJBJS論文のco-authorであり、実際に評価しsurgical decision suggestionをしています
症例の年齢、麻痺のタイプ、理学所見、3次元歩行解析のkinematic data, kinetic data, Gait Deviation Index, Gait Variable Score, Gait Profile Score, Movement Analysis Profileなどの総合評価し、selective dorsal rhizotomyをすべきかorthopaedic surgeryをすべきか、後者ならどの部位をすべきか、rotational osteotomyが必要か否かをsuggestionします
それを毎週金曜日のgait lab confに提示して、最終的な手術決定となっていました。Gait lab confも濃厚であり、金曜日朝8時からスタートして終わるのは正午と、水曜日のconf同様4時間コースでした
しかし、これこそが自分の求めるambulate CP childrenの治療決定へのプロセスであり、ぜひこのシステムを北海道にも定着させようという思いを強めてくれたlabでありconfでした。また、当センターのcrouching症例への治療概念を変えたのはここでの経験と指導でした。半腱様筋は膝窩での延長しか考えてきませんでした
しかし3次元歩行解析にて、決してハムストリングのlengthやvelocityが短縮あるいは遅延があるわけではないことを提示され、かつ将来的な骨盤の前方傾斜を回避する目的で、半腱様筋を大内転筋内顆枝に移行する術式及び大腿骨遠位骨端線前方の骨端抑制術との組み合わせを取り入れるようにしました
しかし、そもそも初回報告が2006年のJBJSであり、12年経って取り入れている自分の不甲斐なさを思い知る指導ともなりました。
訪問が11月と、日本小児整形外科学会の前の月であったことが非常に良かった点が1つありました
ちょうど当センターの房川医師が“Gait Profile Score based on 3-dimensional gait analysis evaluates the walking ability of spina bifida”という演題で第29回日本小児整形外科学会に英文ポスターでエントリーしていました
滞在中特にPam Thomasonにはポスターの内容について適切なアドバイスをいただきました。その結果、房川医師は見事最優秀ポスター賞を授賞することができました
【まとめ】
当フェローを設立していただいた岩本幸英先生、藤井敏男先生、国際委員会の中島康晴先生を始めとした委員の皆様には深謝申し上げます。平成29年10月に佐賀整肢学園に研修に行かせていただいた際に藤井先生には直接激励のお言葉をいただきました。その言葉が応募への気持ちを固める大きなきっかけとなりました
さて整形外科のトップである自分が3週間も病院を空けて良いのだろうか?という葛藤は常にありました。しかも海外に・・・自分が手術をした患児も病棟に残して行きました
このフェローは当センターの多くの人のサポートもあって成立しました。当センタースタッフの方々、そして不在を完璧にカバーしかつ第29回日本小児整形外科学会で英文ポスターの最優秀賞を取り期待に応えてくれた房川祐頼先生そして不在期間を承諾していただいた患児及びそのご両親・関係者に深く感謝申し上げます
この文章が届くことはありませんが、Webや論文での遠い神様的な存在であったKerr Graham。彼がRCHM退官直前の忙しい時期にもかかわらずフェローを受けてくれ、しかも懇切丁寧に指導してくれた全てが自分の財産となりました。感謝を表現する言葉がみつかりません
最後に、残念ながら本邦の歩行解析はGillette, Melbourneには遠く及びません。しかし、常に先頭を追いかける気持ちを絶やさず、この分野を盛り上げていきたいと考えております。今後とも御指導、ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます