2019年度Iwamoto-Fujii Ambassador帰朝報告

佐賀整肢学園こども発達医療センター 整形外科
和田晃房

2019年度Iwamoto-Fujii Ambassadorとして、2019年8月31日から9月13日までの間、ポーランドのGruca Teaching Hospitalを訪問いたしましたので報告いたします。
私は、これまで、国際学会に参加したり、諸外国の病院を見学したりすることで、様々な治療法に触れる機会がありました。
諸外国の治療法は、その国に暮らす人々の文化や生活背景にも影響されることが多く、日本で行われている治療法とあまり変わらないものもあれば、大きく異なるものもあります。
日本国内だけで議論しているだけでは到底思いつかないような治療体系、手術方法も多く、諸外国で学ぶメリットはとても大きいと考えています。

国際学会参加の前後では、ロシアのThe Turner Scientific Research Institution for Children’s Orthopedics、アメリカのThe Paley Foundationや、Shriners Hospitals for Children-Philadelphiaなどを訪問し、施設見学をしました。
また、手術見学を目的としては、アメリカのミネアポリス(Shriners Hospitals for Children – Twin Cities)でDr. Loderの股関節や下肢変形矯正手術を、ベラルーシのミンスク(Republican Scientific-Practical Centre of Traumatology and Orthopedics)でDr. Sakalouskiのトリプル骨盤骨切り術などの股関節手術や創外固定器を用いた変形矯正手術を、インドのランチー(Guru Nanak Home For Handicapped Children Hospital)でDr. Pandeyの内反足などいろいろな足部変形矯正手術を見学させていただきました。
どの施設でも、幸い、実際に手術に手洗いして参加させていただけたため、多くの手術方法、コツやピットフォールを習得できました。残念なことに、最近は、アメリカなど先進国の施設で手術に手洗いして参加できることが少なくなってきているようです。

日本小児整形外科学会は、フェローシップや海外の先生方の受け入れなどの国際的な活動が活発で、私も、日本小児整形外科学会のフェローシップとして、2006年のExchange Fellowshipで韓国の病院を、2006年のMurakami-Sano-Sakamaki Asia Visiting Fellowshipでインドネシアの病院を訪問しました。
また、2016年のJPOA-KPOS-TPOS Travelling FellowshipのSenior Fellowshipでも、韓国を再訪問させていただきました。国際学会などで発表したスライドを呈示して意見を聞いたり、様々な難しい症例に対して意見交換したりでき、とても有意義でした。

今回選出されたIwamoto-Fujii Ambassadorは、日本小児整形外科学会を代表して、日本の小児整形外科を諸外国に広め、諸外国から知見を吸収して、国際交流・相互理解を深めるという役割があります。
これまでのIwamoto-Fujii Ambassadorでは、北野利夫先生がイギリスの7施設へ、小林大介先生がアメリカのBoston Children’s HospitalとカナダのToronto SickKids Hospitalへ、中村直行先生がアメリカのSan Diego Rady Children’s HospitalとTexas Scottish Rite Hospitalへ、門内一郎先生がベラルーシのRepublican Scientific-Practical Centre of Traumatology and Orthopedicsへ、藤田裕樹先生がオーストラリアのThe Royal Children’s Hospitalへ訪問されました。
今回、私は、過去の諸先生方が訪問されていない、日本とあまり馴染のない国の施設を訪問することとしました。

そこで、私がまだ行ったことのないポーランドで、手術手技が誤解されていることが多いWiktor Dega先生(1896-1995)が報告したDega骨盤骨切り術などの骨盤骨切り術、創外固定器を用いた手術治療をこの機会に直接見学しようと思い、ポーランドで小児整形外科や股関節外科の手術治療を多く行っているJaroslaw Czubak先生へご連絡し、Gruca Teaching Hospitalを訪れることとなりました。
Jaroslaw Czubak先生は、訪問時点の、ヨーロッパ小児整形外科学会(European Paediatric Orthopaedic Society(EPOS))の会長(2018-2019年)で、ポーランドの小児整形外科や股関節外科の重鎮の先生です。
過去に参加したEPOSのAnnual meetingやInternational Symposium on Arthrogryposis (先天性多発性関節拘縮症国際シンポジウム)でDega骨盤骨切り術などについてお聞きした際に、手術や施設の見学のお話しをいただいたことがありました。
今回、Iwamoto-Fujii Ambassadorの渡航先として快く受け入れていただけました。
訪問が決まりましたら、Gruca Teaching Hospitalの事務担当の方から、以下の書類をすべて、ポーランド語に翻訳して送ることが必要と連絡ありました。挫折しそうになりながらも、結構な時間と労力、費用を費やして作成しました。

– 医療福祉局への今回のフェローシップの目的や期間などの情報提供
– 破傷風・ ジフテリア・百日咳三種混合ワクチン(Tdap)、髄膜炎菌ワクチン、インフルエンザワクチンの接種、麻しん、風しん、ムンプス、水痘、B型肝炎の抗体価検査やワクチン接種
– 傷害保険
– 大学の卒業証書
– 医師免許証
– Occupational Safety and Health (OSH) training program(労働安全衛生トレーニングプログラム)の参加証明

最近では、アメリカの施設見学でも、Tdapや髄膜炎菌ワクチンなどのワクチン接種が求められるようなっており、これからの海外へのフェローシップでは、感染症情報の提出やワクチン接種が必要となり、書類作成など含めて準備が大変になっていくものと思います。

期間は、丁度、Jaroslaw Czubak先生のご都合がよく、また、私が2019年9月14-15日にフランスのリヨンで開催される日仏整形外科合同会議に参加できる、2019年8月31日から9月13日まで滞在することにしました。

8月31日の夜にワルシャワ・ショパン空港に到着し、その日は、空港近くのホテルに宿泊しました。
空港周辺では、警察車両や警察官による警備が多く、1939年9月1日のナチス・ドイツによるポーランド侵攻から80周年にあわせて9月1日にワルシャワで開催された式典に、アメリカのトランプ大統領など外国の来賓が出席することと重なったためでした。
実際は、ハリケーン「ドリアン」の接近を受け、トランプ大統領は予定していたポーランド訪問を中止し、副大統領の訪問になったとのことでした。

図1:Gruca Teaching Hospital

Gruca Teaching Hospitalは、ワルシャワから23km離れた人口約4万2千人の小さな町のオトフォックの、静かな森の中に建てられていました(図1)。
9月1日の午前中に病院近くの宿舎に到着しましたが、ワルシャワは、式典のため、空いている施設が少ない上、混雑しているとのことで、その日はゆっくり宿舎で過ごしました。

Gruca Teaching Hospitalは、ポーランドの整形外科の礎を築かれたAdam Gruca先生(1893-1983)の功績を称えられて名付けられた病院で、ポーランドで最も大きい公立の整形外科の病院です。
13の手術室があり、小児整形外科手術は、毎日1-2室を利用して行われていました。
400床の病床のうち、小児整形外科の病床として25床程度を使用しており、小児整形外科の手術は、週20-25例で年間約1000例とのことでした。

 

9月2日の病院訪問初日は、朝7:00にCzubak先生の部屋でご挨拶した後、7:15より1週間分の手術症例の術前カンファレンス、8:15より病棟回診に参加しました。
9:00より、手術見学で、脳性麻痺の股関節脱臼に対する観血的整復、大腿骨減捻内反短縮骨切り、Dega骨盤骨切り術と、外傷後の橈骨短縮変形に対する創外固定器を用いた橈骨延長術の2例を見学しました。
手術には、手洗いして参加させていただきました。
股関節の観血的整復と大腿骨や骨盤骨切りを単一皮切で行っており、私も単一皮切で行っていますが、観血的整復やLCP hip plateを用いた大腿骨骨切りの細かい手技はかなり異なりました。
Dega骨盤骨切り術は、直ノミだけで切骨していました。
日本ではたびたび本来の手術法とは異なった手技で報告されていますが、本来のDega骨盤骨切り術では、直ノミで形成不全のある臼蓋と平行に腸骨外板から内板へ切骨し、内板ではY軟骨に切り込まないよう後方の坐骨切痕へ向きを変えて切骨します。
坐骨切痕まで切り込まないことで、坐骨切痕部をヒンジに遠位骨片を前外方へ回転移動させる骨切りで、redirection osteotomyです。
滞在中に4例のDega骨盤骨切り術を見学しましたが、年長児では、坐骨切痕やY軟骨へ切り込まないため、遠位骨片が十分倒れず、不十分となるように感じました。

火曜日から金曜日は、毎日7:45から30分間程度の術前術後カンファレンスがあり、その後、15分間程度、病棟回診がありました。
カンファレンスや回診はすべてポーランド語で、話している内容が全く分からず、画像や理学所見で推測するしかなく、残念でした。
DDHの牽引治療後の徒手整復ギプス固定、股関節伸展拘縮の解離手術、Blount病のTaylor spatial frame(TSF)を用いた変形矯正術を、内反膝に対する骨端成長軟骨発育抑制術、先天性大腿骨短縮症に対するPaley SUPER hip & knee、変形性股関節症に対する骨盤骨切り術、上腕骨顆上骨折に対する骨接合術、先天性径脛骨偽関節症のTSF装着中の大腿骨骨折に対する骨接合術などを見学しました。
朝の始業時刻が早いので、終業時刻も早く、遅くても15時には帰宅していました。

図2:Czubak先生と著者

9月6日は、Czubak先生のご自宅に夕食のお招きがありました(図2)。ご自宅の住所を渡され、18時に来るようにとのことでした。
Google地図で道順を調べ、Otwock駅まで25分歩き、電車に乗り、下車後15分程度歩いて行きましたので、結構大変でした。
夕食では、Czubak先生の奥様の手料理を頂き、私も日本からカステラを持参して一緒に食べました。丁度、ベラルーシから、週末に立ち寄られた先生も夕食に招かれており、私が2週間ベラルーシに滞在した時の話もしました。

9月8日は、一時間の講演を行い、私の行っている小児下肢変形や拘縮に対する手術治療について講演しました。
手術見学した症例と同様の症例を含めたスライドを供覧して、私なりの治療法を呈示し、スタッフの先生方に、興味をもって聞いていただけました。

 

Gruca Teaching Hospitalへは、エジプトやトルコなどから、ときどき手術見学や短期間の研修で訪れるとのことでしたが。日本からの訪問は私が初めてでした。
大きな歓迎会や送別会などはなく、食事や観光へは、自分で出かけました。

図3:ワジェンキ公園のショパンの銅像

土日や平日の午後は気分転換に、Otwock駅まで25分歩き、電車に乗り、15駅43分間かけてワルシャワまで行き、旧市街地、ショパン博物館、国立美術館を観光しました。
ワジェンキ公園では、日曜日の12時と16時には、ショパンの銅像の横で、無料のピアノコンサートが開催され、多くの観光客が訪れていました(図3)。
雨でもピアノが濡れないように、大きなテントを設置していました。
ピエロギ(餃子)、ジュレック(ライ麦を発行させたスープ)、バルシチ(赤いビーツの冷製スープ)、フウォドニク(ピンク色のビーツの冷製スープ)、ビゴス(酢キャベツと肉・マッシュルーム煮込み)などのポーランド料理を食べ、ショパンのピアノライブを聞いて帰るのが日課でした。

 

 

 

図4:第15回日仏整形外科合同会議(フランス、リヨン)の小児整形外科セッション

フェローシップ終了後は、9月13日にフランスのリヨンに向かい、第15回日仏整形外科合同会議に参加して、日本に戻りました。
日本から参加した多くの小児整形外科の先生方や、フランスのNecker hospitalのWicart先生やKhouri先生とお話しすることができました(図4)。
Wicart先生も、日本からの短期の受け入れは、歓迎するとのことでしたので、フランスは観光も楽しいですので、今後、フェローシップに応募される先生方へお勧めです。

 

 

 

最後に、Iwamoto-Fujii Ambassadorを創設された、岩本幸英先生、藤井敏男先生、ならびに、中島康晴先生をはじめとする国際委員の先生方に、感謝を申し上げて、今回の帰朝報告といたします。